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名古屋地方裁判所 昭和47年(ワ)1303号 判決

主文

一  被告は原告に対し金二三〇万一、〇三六円および内金二一三万一、〇三六円に対する昭和四三年五月二日から、内金一七万円に対する本判決言渡の翌日から各支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分しその四を原告の負担としその六を被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告

「被告は、原告に対し金四一一万一、八〇〇円および内金三八一万一、八〇〇円に対する昭和四三年五月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二原告主張の請求原因

一  原告は昭和四三年五月二日午後一一時四五分ころ、被告会社の従業員(運転手)である訴外鈴木保運転被告所有の普通乗用自動車(名古屋五く三四〇〇)(タクシー)に同乗して名古屋市中区栄一丁目一六番一号先の交差点を東進中北進してきた訴外服部幸雄運転の普通貨物自動車(名古屋四ね二九九)(ライトバン)に双方の運転者の過失によつて出合い頭に衝突し、その結果原告は負傷した。

二  訴外鈴木保は被告会社の業務執行中に本件事故を惹き起したもので被告は加害車両を自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法三条によつて本件事故により原告の蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

三  原告は本件事故により頸部挫傷を負い、昭和四三年五月二二日から同年五月五日まで山崎病院に入院し、同年五月六日から同年六月七日まで国立名古屋病院に入院し、同病院退院後約一ケ月間原告の症状には温泉療法がよいと聞いたので温泉で療養していたが、同年七月九日から昭和四五年六月一七日まで坪井整形外科病院に通院し(実日数九七日)加療を続けたが、左上肢の倦怠、しびれ、握力障害等頑固な神経症状を残し、その後遺障害は自賠法施行令二条別表の第一四級に該当するものであつて、現在も後遺症に悩まされている。

四  本件事故により原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(一)  入院雑費 金七、四〇〇円

入院日数三七日につき一日金三〇〇円の割合

(二)  附添費 金四万四、四〇〇円

入院日数三七日につき一日金一、二〇〇円の割合

(三)  休業損害 金一七二万一、二五〇円

原告は本件事故当時パブリツクスタンドバー「香取」を内縁の妻織田信子名義で経営していたものであるが、本件事故のため閉店せざるを得なくなり入通院期間(二二・五ケ月)中就労できなかつた。当時右「香取」の従業員はバーテンダー二名、ホステス四、五名で、バーテンダーには月給六万円、ホステスには日給二、〇〇〇円ないし二、五〇〇円を支払つていたもので、原告の月収は当時一〇万円を下らなかつた。しかし明確な数字を示す帳簿がないので平均賃金で請求することとする。すなわち原告は本件事故当時四一才であつたが、事故当時である昭和四三年における四一才の男子労働者の平均月収は金六万七、五〇〇円である(賃金センサス第一巻第一表)から、これを基準として原告の休業損害を計算すると金一七二万一、二五〇円となる。

22.5×67,5000=1721,250

(四)  労働能力の一部喪失による損害 金八万一、〇〇〇円

原告は前記後遺症のため労働能力を五パーセント喪失しその期間は二年とみるのが相当であるから、その間の逸失利益は金八万一、〇〇〇円となる。

67,500×0.05×24=81,000

(五)  慰藉料 金二〇六万七、七五〇円

原告の入通院期間、後遺障害の等級、原告が平均賃金を相当上廻る月収を得ていたが休業損害を平均賃金で請求している点を考慮すれば原告に対する慰藉料の額は右が相当である。

(六)  弁護士費用 金三〇万円

以上の合計は金四二二万一、八〇〇円となるが、原告は自賠責保険から後遺症補償金として金一一万円を受領したのでこれを控除すれば残額は金四一一万一、八〇〇円となる。

五  よつて被告に対し右金四一一万一、八〇〇円および内金三八一万一、八〇〇円に対する本件事故の日である昭和四三年五月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

第三被告の答弁、主張

一  原告主張の請求原因一、の事実中訴外鈴木保に過失のあつた点を否認しその余の事実は認める。同二、の事実中被告に賠償責任のあることは否認しその余は認める。同三、四、の事実はすべて不知。同五、は争う。

二  本件事故は訴外服部幸雄が南から進行してきて本件交差点内を、進入禁止の北方へ通じる道路へ突入するように進行したため同交差点を適法に通過しようとした訴外鈴木保運転のタクシーに衝突したものであつて本件事故は訴外服部幸雄の法規を無視した一方的過失によつて発生したものである。被告および訴外鈴木保において自動車の運行に注意を怠らず訴外鈴木運転のタクシーに構造上の欠陥又は機能上の障害は存在しなかつたから免責を主張する。

三  仮に被告に責任があるとしても本件事故は昭和四三年五月二日発生したものであるが、本件事故による損害賠償請求権は本件事故発生日から三年を経過したとき消滅時効によつて消滅した。本訴は昭和四七年八月五日提起されているが、右同日より遡ること三年までの間に発生し又は予想し得た損害の賠償請求は右の消滅時効によつて消滅した。よつて消滅時効を援用する。

第四被告の主張に対する原告の主張

一  訴外鈴木保には徐行義務に違反し、前方左右の安全確認を怠つた過失があつたから被告の免責の主張は失当である。

二  原告が山崎病院、国立名古屋病院、坪井整形外科病院に入通院して治療した間の治療費は被告において支払つた。交通事故に基づく損害賠償請求権は一個の請求権が生ずるに過ぎないと解すべきであり被告が請求権の一部に該当する治療費を支払つたときは全体につき損害賠償債務のあることを承認したとみるべきであるからこのとき消滅時効は中断されたものである。被告が原告の治療費を最終的に支払つた時から本訴提起まで三年は経過していない。

第五原告の右主張に対する被告の答弁

被告が原告主張の治療費を支払つた事実は認めるが、それは被告が原告に対する損害賠償債務を承認したものではない。本件事故は訴外服部幸雄の一方的過失によつて発生したもので訴外鈴木保に過失はないから被告および訴外鈴木保において本件事故につき損害賠償責任はないので右治療費は本来原告自らが支払うか訴外服部幸雄が支払うべきものであるが、被告の対外的信用の維持、乗客であつた原告に対するサービスの意味もあつて原告のために治療費を病院に対して直接支払うこととしたもので事務管理というべきものである。

第六証拠〔略〕

理由

一  原告主張の請求原因一、の事実中訴外鈴木保に過失があつた点を除くその余の事実(本件事故発生の事実)および訴外鈴木保が被告会社の事業執行中に本件事故を惹き起したもので被告は加害車両を自己のために運行の用に供していた事実は当事者間に争いがない。

二  そこで本件事故発生につき訴外鈴木保に過失があつたか否かを検討する。

〔証拠略〕によると、本件交通事故発生の現場は天王崎橋方面(西)から伏見通り(東)に通じる車道幅員九メートルの歩車道の区別のある舗装道路と若宮大通り(南)から広小路通り(北)へ通じる幅員九・八メートルの舗装道路が交差する交差点内であつて、附近は市街地で左右の見通しは悪く交通整理は行われていなかつたこと。当時本件交差点から北方広小路通りに至るまで午前八時から午後一二時まで自動車および原動機付自転車の北進は禁止され、本件交差点の西北隅には車両進入禁止の標識が設置されていたことがそれぞれ認められる。

〔証拠略〕によれば、訴外服部幸雄は酒に酔いしかも無免許で前記ライトバンを運転し時速約四五キロメートルの速度で前記南北に通ずる道路を北進してきたが本件交差点手前で時速約二〇キロメートルに減速したものの通行人に気を取られて脇見運転をしていたため進入禁止の道路標識にも気付かず本件交差点を通過北進しようとし、また東進してきた訴外鈴木保運転の前記タクシーの発見が遅れ僅か三メートル左前方に発見したため急停車の措置をとるいとまもなく本件衝突事故を惹き起したこと、一方訴外鈴木保は時速三〇ないし四〇キロメートルの速度で本件交差点に差しかかり、北進してくる訴外服部幸雄運転の前記ライトバンがあることをその前照灯の明りで認識していたが、職業柄本件交差点より北方は進入禁止の規制がなされていることを知つていたので、北進してくる訴外服部幸雄運転のライトバンは同交差点を通過して北進することはあるまいと軽信し、減速徐行して右方の安全を確かめることなく同一速度のまま東進し右交差点に進入したため右前方一三・一メートルの地点に北進中の前記ライトバンを発見したが急停車の措置をとるいとまもなく本件衝突事故を惹き起してしまつたことがそれぞれ認められる。

右事実によると、本件事故発生については訴外服部幸雄に過失の存することもちろんであるが、訴外鈴木保においても、本件交差点進入前に徐行し右方の安全を確認して進行し危険の発生を未然に防止すべき義務を怠つた過失のあつたことは明らかである。

三  そうとすれば、被告の免責の抗弁は理由がなく、被告は本件事故により原告の蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

四  そこで進んで本件事故により原告の蒙つた損害につき判断する。

〔証拠略〕によると、原告主張の請求原告三、の事実が認められる。

(一)  入院中の雑費

入院日数三七日につき一日金三〇〇円の割合で金七、四〇〇円をもつて相当損害と認める。

(二)  附添費 〔証拠略〕によると原告の入院中は附添を必要としたのでその妻が附添つたことが認められるので、入院日数三七日につき一日金一、〇〇〇円の割合で金三万七、〇〇〇円をもつて附添費用の相当損害額と認める。

(三)  休業損害

原告は本件事故当時パブリツクスタンドバー「香取」を内縁の妻織田信子名義で経営していたもので月収は一〇万円を下らなかつた旨主張するけれども〔証拠略〕中右主張に副う部分はにわかに措信し難く、他に右事実を確認しうる証拠はない。しかし、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故による受傷の結果昭和四五年六月一七日に至るまで稼働することができなかつたことが認められるので、この間における原告の休業損害は原告と同年令の男子労働者の平均賃金を基準にして算出することができるものと解される。ところで〔証拠略〕によると原告は大正一五年八月二日生れであつて本件事故当時四一才であつたことが認められるので、昭和四三年度における四一才の全産業男子労働者の平均月間きまつて支給される現金給与額は金六万七、五〇〇円であるから原告の休業期間二二・五ケ月分は金一七二万一、二五〇円となるので原告は右同額の損害を蒙つたものと認める。

(四)  労働能力の喪失による損害 原告前記後遺障害の程度からすれば、原告は労働能力を五パーセント喪失したものでその期間は二年とみるのが相当であるから、前同様の基準に基づきその間の逸失利益を計算した現価は金七万五、三八六円となる。

(五)  慰藉料 原告の本件事故による受傷の部位程度、治療経過、後遺障害の等級、当事者間に争いのない原告が山崎病院、国立名古屋病院、坪井整形外科病院に入通院して治療した間の治療費は被告において支払つた事実その他本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すれば、原告に対する慰藉料の額は金四〇万円をもつて相当と認める。

以上の合計は金二二四万一、〇三六円となるところ、原告は自賠責保険から後遺症補償として金一一万円を受領した旨自認するのでこれを控除すれば残額は金二一三万一、〇三六円となる。

(六)  弁護士費用

原告が本訴の提起追行を弁護士関口宗男に委任したことは本件記録上明らかであるところ、本件訴訟の難易その他の事情を併せ考えれば金一七万円をもつて相当因果関係ある弁護士費用の損害額と認める。

五  被告は消滅時効を援用するけれども、原告が山崎病院、国立名古屋病院、坪井整形外科病院に入通院して治療した間の治療費を被告が支払つたことは当事者間に争いがなく、その最終支払時期から本訴提起の日(記録によれば昭和四七年六月五日である)まで未だ三年を経過していないことは明らかである。ところで、原告の本件事故による損害は元来一つであるからその一部について被告が支払つた以上特段の事情の認められない本件にあつては、原告に対する本件事故による損害賠償義務全部について債務の承認があつたものと認めるのを相当とするから、原告の再抗弁は理由があり時効は中断されたものというべきである。

六  以上の次第で被告は原告に対し金二三〇万一、〇三六円および内金二一三万一、〇三六円に対する本件事故の日である昭和四三年五月二日から、内金一七万円に対する本判決言渡の翌日から各支払ずみまで民法所定各年五分の割合にによる遅延損害金を支払うべき義務があるから原告の本訴請求は右の限度で正当として認容し他は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり決判する。

(裁判官 丸山武夫)

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